「
二〇〇六年は日本再生元年」
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経済が胎動し始めた。免震構造偽造事件が水をさしたが、それらを含めてもこの胎動は止まらない。一九九一年のバブルの崩壊後、金融機関が五十二兆円の不良債権を十兆円弱まで処理をしての浮上だけに勢い、流れを背景に景気の上昇気運だけに浮上は止まらない。
昨年十一月十六日に十五の調査研究機関が次の様な見通しを発表したが、其の平均値
二〇〇五年度実質二・六%名目、名目一・六 % 、二〇〇六年度、実質二・一%、名目一・六%。政府見通しは実質一・九%、名目二・〇%デフレ脱出元年と位置づけている。
経済は成長してこそ未来が構築できるのだが、名目成長が実質を上廻らないので減速されるそれがデフレ現象たる所以だが、その要因は二つある。一、土地の下落と安い輸入品が物価下落を引きおこしたが、日本人の一過集中性がそれを助長した。さらに大きい二の要因はマスコミの報道の姿勢にある。これこそ一過集中というより過度集中化による世論形成である。例えば、価格破壊の言葉の乱用はこれに乗り遅れると競走場裡に残れない心理を招き価格値下げ競争を引き起こし、百円ショップを生み出した。大変な革命だがその代償は大きい「価格は信用」の信用社会を壊した。価格は信用を基本に据えると、価格革命、低価格競争時代と表現するのが適切である。消費者は生活のしやすさを享受した。
日本の土地三十七万平方キロは一九八五年一〇六〇兆円だったが、バブルの頂点一九九〇年は二四五二兆円、実に五年間で一三九二兆円の急騰をした。そのときマスコミは「日本の二十五倍のアメリカの土地を東京都の土地評価で買える」ともてはやした。
一九九一年バブルの破裂したときの土地価格は二二七二兆円で一八〇兆円の下落をみせ、二〇〇三年は一二九八兆円、一三年かけて一一五四兆円の下げを示した。狂乱の推移である。地方は一九八五年の評価までは平常化の動きで下落を見せるが、都市はことなる様相を見せている。人が増えているのは東京と沖縄の二県である。東京は都心の高層化による職住近接による生活とビジネス時間を満喫したい。通勤の往復二時間がうくのは代えがたいの心理である。
かつてマスコミは昭和十六年(一九四一年)大東亜戦争(太平洋戦争)の時代鬼畜米英を倒せと戦意高揚をした。現在のマスコミの姿勢とどう違うのか同じである。時代、環境、立場は異なっても思考法は変わらない。哲学、理念、宗教心が不在である。
倫理観、論理、理性、インテリジェンスはどこにあるのか、立場、表現は異なるが、精神構造の客観化は進化していない。現在、人間の生命、尊厳が失せた社会、物優位、自己目的志向社会は毎日だれかが殺されている。親が子を殺し、子が親を殺す、友が友を殺す、妻が夫、夫が妻を殺す無残な社会、これでいいのか、人間ルネサンス運動を興さなければ日本の社会の劣化は止まらない。
戦後六十年の折り目を終えた日本は新たな思いで国創りをしなければならない。次世代に対する責務である。
2006年02月13日 |